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来日特番番組でも取り上げられたムヒカ元大統領はなぜ投獄されたのか?歴史的背景からしか分からない言葉の意味

世界で最も貧乏だけれど、最も豊かかもしれないムヒカ元大統領の事は知っていますか?

ムヒカ氏はウルグアイの元大統領で昨年まで務めていました。

世界で最も貧乏な大統領と言われており謙虚さから非常に賞賛され

先日来日し、さらには特番テレビで取り上げられるほど人気の元大統領です。

ムヒカ大統領の素晴らしさはよくわかりましたが、そんなムヒカ元大統領も軍事政権下の時代には

長く投獄されていたと来日特番テレビで言っていましたね。何故でしょうか。

実は、それを知らなければムヒカ大統領の言葉の意味も、また違った受け止め方になるかもしれません。

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ムヒカ元大統領は何故投獄されていたのか。来日特番テレビで述べていた事とは

ムヒカ元大統領は60年代~70年代に極左ゲリラ軍のメンバーの一員となり

武装闘争に参加していたと本人も述べていることであります。

つまり反政府団体ですね。元々産まれたところが貧困地域でその後、極左都市に加入したようです。

それもあり、最初は極左的な思想だったのですね。その中の闘争の中で

投獄4回、脱獄2回、銃撃戦で打たれて重症を負った事もあるそうです。

 

その後、14年間は収容されそのうち10年間は軍の独房で収容されていました。

収容中は本も読めず辛い日々を過ごしていましたが

その獄中生活の日々がムヒカ元大統領の原点となったようです。

質素に生きていけるようになったのは、あの経験からだ。

孤独で、何もないなかで抵抗し、生き延びた。

『人はより良い世界をつくることができる』という希望がなかったら、

いまの私はないね

出典:http://goo.gl/Kat0Ra

その日々から苦しみや敗北から多くを学ぶ事の大事さを知ったそうです。

なるほどです。

逆境から何かを学ぶ事は凄く大事な事です。

確かに失敗や苦しみから見える物の方に価値があります。

そして独房から何を学んだか?という質問にこう答えていました。

「生きることの奇跡だ。人は独りでは生きていけない。
恋人や家族、友人と過ごす時間こそが、生きるということなんだ。
人生で最大の懲罰が、孤独なんだよ」

「もう一つ、ファナチシズム(熱狂)は危ないということだ。
左であれ右であれ宗教であれ、狂信は必ず、異質なものへの憎しみを生む。
憎しみのうえに、善きものは決して築けない。
異なるものにも寛容であって初めて、人は幸せに生きることができるんだ」
出典:http://goo.gl/Kat0Ra

なるほどです。言葉が深いです・・・

ところで60年代から70年代にゲリラ軍に入ってたと

おっしゃっていましたが

その頃のウルグアイでは何が起こっていたのでしょうか。

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60年代~70年代のウルグアイ

ウルグアイは1955年頃から主要産業の畜産業が低迷し始めて政情が不安定になってしまいます。

それをきっかけに1966年に都市ゲリラ・トゥパマロスが行動を開始しました。

かつてはムヒカ元大統領もトゥパマロスの一員だったようです。

その後、政府はトゥパマロスを鎮圧しますが軍部に頼っていたために

軍部に発言力が増してしまい軍事政権時代に入ってしまいます。

軍事政権は1981年まで続いたようです。

ムヒカ大統領は出所後、元極左の仲間と左派政治団体を結成して1995年に当選します。

おそらくこのころからムヒカ大統領は極左から、中道左派というスタンスになったのかと思われます。

 

あまりニュースでこの部分に触れられないのでわからなかったのですが

おそらくムヒカ大統領の発言から、自らの極左活動にはもちろん仕方のない一面もあったのかと思いますが

自戒の念があるからこそ「狂信は良くない」としているのでしょう。

 

いかがでしょうか。

大きな苦しみから学び努力し、現在に至るムヒカ元大統領がかいま見れた気がします。

現在の平和を、(これはウルグアイの話ではあるものの)

こうした、激しい闘争で苦しんだ人の上にあることを忘れて享受することがないよう

ムヒカ大統領の言葉を歴史的背景を勉強した上で受け取りたいと思いました。

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