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世界ふしぎ発見の『バイカル湖』では語られなかった悲劇。子供にこういうのは伝える?

9月26日の日立『世界ふしぎ発見』はロシアにあるバイカル湖がテーマでした。

世界一の深さや透明度がある湖なので、一度生で見てみたいですね。

ところで、番組では紹介されていませんでしたが、バイカル湖には

一夜で25万人が凍死したという悲劇の歴史があるのをご存知でしょうか。

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世界ふしぎ発見で語られなかったバイカル湖の悲劇

時は第一次世界大戦中の西暦1917年2月、ロシアでロシア革命が始まり、300年続いた

ロマノフ朝は崩壊しました。臨時政府ができるものの、混沌とした状況は変わらず、

内戦状態となりました。10月にモスクワでソヴィエト政府が成立すると、

ソヴィエト政府の「赤軍」とソヴィエト政府に反対する立場の「白軍」の戦い

となりました。

 

しかし、白軍は人口の大部分を占めていた農民層の支持を

受けられず、政権内部から亡命・逃亡が相次ぎ弱体化していきました。

1919年11月15日、西シベリアにある白軍の拠点オムスクは陥落し、

軍人・民間人合わせて125万人が東のシベリアへ追いやられました。赤軍の

追手が迫り、一団は東へ東へと冬のシベリアを移動し続けました。

 

冬のシベリアは氷点下20度を下回り、凍死者が相次ぎ、バイカル湖の西岸イルクーツク(今回の舞台)に

たどり着いた時には、一団は25万人になっていました。

 

赤軍の追手から逃れるには、凍った冬のバイカル湖を横断するしかありませんでした。

横断を決行した一団でしたが、そこに冬の猛吹雪が襲いかかり、25万人は全滅しました。

気温はマイナス70度にもなり、身を隠すこともできない湖面での悲劇でした。

遺体は完全に凍ってしまい、春になって湖面の氷が溶けると、湖に沈んでいきました。

この中には女性や子供が大勢含まれていたということです。

 

いかがでしたか? 25万人が一度に凍死するという例は他に聞いたことがありません。

ふしぎ発見で語られることがなかったバイカル湖の負の歴史でした。

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オムスクにあった日本領事館

オムスクという都市は日本人には馴染みがない都市ですが、白軍が撤退する以前は

日本領事館のある都市でした。オムスクに赤軍が迫った時の情報は東京に

送られていました。それによるとオムスク陥落時の状況は次のようなものでした。

 

13日 白軍が軍司令部を東部のタタルスカヤに移動

14日夜~15日朝 赤軍によるオムスク市包囲完成

15日 白軍が橋梁を破壊し、東方に退却

16日 司令部をタタルスカヤから更にノヴォ・ニコライエフスクに移動

 

既に13日にはオムスクから白軍司令部を移動させていることから、戦う前から

勝敗は決まっていたようです。その後も、司令部を日毎後退させていることから

赤軍の進軍の速さが伺えます。白軍は一息つくまもなく、敗走を繰り返していった

ことが分かります。

 

美しい景色を楽しむ一方で、このような人々がいたことも

忘れないようにしたいものですね。

 

こういったように、歴史というのは負の側面というものがよくあるものです。

お子さんにこういったことは伝えますか?

 

筆者が小さい時は、この世がとっても正しくて、美しいもので

変な言い方をすれば綺麗事をたくさんつめ込まれた記憶が強いのですが

現実が違うということを大人になって知ることになるわけですが

それは違うと個人的には感じます。

途中で行き方や考え方を修正してやり直す作業が発生するからです。

つまりある程度小さい時から、世界の負の側面もちゃんと伝えるべきなのだと

個人的には思います。

今回のバイカル湖のように、何も知らずに、ただ「綺麗」で終わらせる

そういう風に、育てるべきではないと思うのでした。

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