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あさが来たの今井家のモデル、どこまで一致?

NHKの連続朝ドラマ『あさが来た』が、稀にみる良作として

話題になっています。ところで、『あさが来た』の主人公

今井あさにはモデルがいたことをご存知でしょうか。今井家の

を中心に見ていきましょう。

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『あさが来た』のモデルになった今井家

『あさが来た』のヒロインの「今井あさ」には、モデルになった

人物がいます。それは、「広岡浅子」という女性でドラマ中の

今井あさのような豪快な性格だったようです。時代も幕末から明治に

かけてで一致します。

 

ドラマ上であさが生まれた今井家は京都の商家となっていますが、

モデルになった広岡浅子が生まれたのは、京都の(小石川)三井家で、

豪商です。ドラマで今井家の店章は、明治の三井財閥のものに、

似せてありますね。

 

ドラマでは、あさのお転婆ぶりに困る父親忠興ですが、広岡浅子の父は

三井高益という名前で、威厳のある父親だったようです。当時の女性の

習い事といえば、茶道、華道、琴などで、学問は男がするものでした。

 

ドラマの中では、このあたりは少しぼかしてありますね。浅子は、茶道、

華道、琴にはあまり興味を持たず、儒教に興味をもったようです。これは、

心良く思われなかったようで、読書を禁止されたほどだったのです。

 

ドラマのあさは、大阪の加野屋白岡家に嫁ぎますが、浅子が嫁いだのは、

大阪の加島屋広岡家でした。ドラマで名前を意識しているのが分かりますね。

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『あさが来た』のモデルからドラマの展開を予想する

現在、炭鉱でのエピソードですが、このあとはあさの財界人としての

エピソードが増えると考えられます。モデルになっている、広岡浅子は

傾いた加島家を建て直し、1888年には加島銀行を設立、さらに1902年には

大同生命の創業に関わります。

 

ドラマの展開のメインになるのは、女学校の創設だと考えられます。浅子は1901年に

日本女子大学校(現・日本女子大学)を創設しています。その功績が

讃えられ、名前が残っていることを考えると、これをドラマで取り上げない

ことは考えにくいでしょう。

 

視聴率は25%超えまでしてしまい、かなりの人気朝ドラとなりました。

宮崎あおいさんの影響もあるようですが途中抜けても

最後まで楽しませてくれそうです。

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